現在から1年以上過ぎているため、過信しすぎないでください。
掲載日:2023年03月12日
更新日:2023年04月16日
今回は、1929~1945年(昭和4年~昭和20年)まで、第二次世界大戦で使用するための毒ガスの製造していたとして知られる「大久野島」を見ていきたいと思います。
JR忠海駅から徒歩10分。
忠海港に到着。海の近くにあると思えないおしゃれな建物です。
中には売店があり、乗船切符やうさぎグッズ、ソフトクリームなどが販売しています。また500円で荷物の預かりも可能なので、重装備の方は使ってください。
忠海⇒大久野島の乗船切符は、
・ おとな 310円(片道)
・ こども 160円(片道)
でした。
忠海港の公式サイト
URL: http://rabbit-island.info/
忠海港から大久野島まで、約15分。
大久野島の入口は綺麗に整備されています。
うさぎはすぐに見つけられます。とても可愛い。
いい感じに撮れたうさぎ。可愛い
この島では、昭和4年(1929年)から昭和20年(1945年)まで、太平洋戦争で使用するための毒性のガスが大日本帝国陸軍によって秘密裏に製造されていた。
作られていた毒ガスの種類は以下の4種
・ 血液剤
・ 催涙剤
・ びらん剤
・ 嘔吐剤
半世紀以上経った現在でも内部が空になった巨大なコンクリート製の毒ガス施設はその姿を残している。
大久野島にある宿泊施設 休暇村は一般財団法人休暇村協会が運営しており、スキー、テニス、海水浴などのスポーツ、レクリエーションや自然歩道の散策、合宿、研修に利用されているとのこと。
フンの上にうさぎと綺麗な海
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